なぜ幸せは「わかっているのに」難しいのか
年収が上がった。昇進した。旅行にも行った。——条件はそれなりに揃っているはずなのに、なぜか満たされない。
タイの山岳地帯で数ヶ月間暮らした経験がある。日本に比べてはるかに原始的な生活だったが、意外にもすぐに慣れ、不自由さをあまり感じずに過ごせた。現地の人々も自分たちの暮らしに満足しており、とても幸せそうに見えた。
一方で、帰国後の東京での便利な生活が、あの山岳地帯より幸福かと問われると、正直わからない。
この違和感を放置したくなかった。だから、幸福感を構造的に捉えるために数式化を試みた。
もし人生に目的があるとすれば、それは自分自身が幸福であることだ。他者の幸福も重要だが、それも含めての自身の幸福である。ある人が不幸だと自分自身が幸福になれないからこそ、他者の幸福を願うのだ。
人間の幸福感は、以下の3つに分類できる。
- 日常の中にある幸福
- 現状からの変化量による幸福
- 他者との比較による幸福
この3要素を数式化し、幸せになる方法を論理的に考えていく。
幸福感の数式: H = Hordinary + K∆B + L(Bself – Bothers)
幸福感を以下の数式で表現する。
(生活水準、健康状態、能力などその人を取り巻く環境の総称を環境水準と呼ぶ。)
\[H = H_{ordinary}(P, B_{self}) + K\Delta B_{self} + L(B_{self} – B_{others}) \]
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| H | 幸福感 |
| Bself | 自分の環境水準(生活水準、健康状態、能力などの総称) |
| P | 個人の性格や価値観 |
| Hordinary | 環境水準に変化のない日常で感じる幸福感 |
| ∆Bself | 環境水準の変化量 |
| K | 環境水準の変化量に対する感度(比例定数) |
| Bothers | 他者の環境水準 |
| L | 他者の環境水準との差分に対する感度 |
わかりやすく書くと、こうなる。
幸福感 = 日常の中にある幸福感(慣れた生活で得られる幸福) + 現状からの変化による幸福感(生活の向上や新しい経験から得られる幸福) + 他者との比較による幸福感(他人との優劣から得られる幸福)
| 例 | |
|---|---|
| 日常の中にある幸福 | 友人、家族との何気ない関わり合い / 美味しいものを食べた / 趣味の時間 |
| 現状からの変化量による幸福 | 年収が大幅にアップした / 今より良い家に引っ越した / 普段は買わない高級品を買った / 旅行で非日常的な経験をした / 能力的にできることが増えた |
| 他者との比較で得られる幸福 | クラスで1番の成績を取った / 会社で同僚より良い評価をもらった / 金持ちの夫と結婚し、友人より生活水準が高くなった |
それぞれの項を掘り下げる。
日常の幸福(Hordinary) 慣れとの戦い
日常の中にある幸福とは、現状からの変化や他者との差分に依存しない、何気ない日常にある幸福である。
ただし、これには前提がある。生存が脅かされるレベルでは、環境水準の上昇は日常の幸福を確実に押し上げる。 食べることに困っている人が安定して食事できるようになれば、日常の幸福感は明らかに増える。戦争中の国にいる人より、平和な国で暮らしている人の方が、日常で感じる幸福は大きい。
つまり、生死に関わるような状況から抜け出す過程では、環境水準の向上がそのまま日常の幸福感に直結する。
しかし、その段階を超えると話が変わる。年収が500万円から1000万円へと上がれば、一時的には変化量による幸福感を覚える。しかし、その収入に慣れてしまえば、日常で感じる幸せは以前と変わらなくなる。
先述したタイの山岳地帯での経験がまさにこれを裏付けている。現地の人々は決して裕福ではなかったが、食べるものがあり、家族がいて、安全に暮らせていた。その上で、自分たちの暮らしに満足しており、とても幸せそうに見えた。「生活水準が高い=幸福」ではないのだと再認識させられた。
下の図は、「環境水準」と「日常で感じる幸福感」の関係をイメージ化したものである。

生存に関わる水準では、環境の改善がそのまま日常の幸福感を高める。ところが、一定ラインを超えると、どれほど環境が良くなっても日常の幸福感は大きく伸びず、横ばいになる。慣れによって「もっと良い環境」を当たり前のものと感じてしまうからである。
では何が日常の幸福感を左右するのか。それは個人の性格や価値観、考え方(P)である。同じような環境にあっても、他人とばかり比較してしまう人は身近な幸せに気づきにくい。一方、些細なことにも喜びを見いだせる人は、どんな日常でも多くの幸せを感じられる。
結局のところ、日常にある幸福は、環境水準がある程度整ったあとは、自分の内面の在り方によって決まるのである。
【実践】「もしこれがなかったら」思考実験
変化のない日常の中で幸せを見つけ出すのは、なかなかに難しい。ここで有効なのが、「もしこれがなかったら、その人がいなかったら、どう感じるか」を考える思考実験である。
よく「失って初めてありがたさに気がつく」と言う。ならば、失う前に思考実験をすればよい。
どうでもいい物や人なら、それほど心は動かない。しかし、実際に失ったら悲しくなるほど大切な相手や物であれば、それが今ある事実こそが既に幸せである。こうした「失う前の気づき」が、日常に潜むありがたさを引き出す。
変化がもたらす幸福(K∆B)— なぜ昇給の喜びは消えるのか

この図は環境水準の変化によって、変化量による幸福感(K∆Bself)がどのように推移するかを示している。
環境水準(Bself)が一時的に上昇すると、最初は強い幸福感が生まれる。しかし、やがて慣れによって日常に戻る。たとえば昇給や新居への引っ越しでは、しばらくはワクワクが続くが、時間が経つとその特別感が薄れて「当たり前」になる。反対に、環境水準が急に下がると一時的に大きなストレスを感じるが、これもいずれ新しい状態に慣れていく。
ポイントは、プラスでもマイナスでも、環境変化による幸福や苦痛は一時的なもので、最終的には慣れによって日常化するということである。
環境水準を上げるたびにしばらくは幸せを感じても、結局慣れてしまえば元に戻り、さらなる水準アップを求めてしまう。しかも、一度上げた水準を下げれば負の変化(∆B < 0)となり、苦痛を感じる。つまり、上げても慣れて幸福感は消えるのに、下げると苦痛が生じるため後戻りもできない。際限なく環境を引き上げようとすれば、金銭的にも精神的にも破綻しかねない。「変化量」にのみ頼って幸福を追い続けると、行き場のない飽きのスパイラルにはまり込む。
【実践】ベースラインを下げ、計画的に変化を取り入れる
変化量に固執するのは危険だが、すべて排除してしまうのも勿体ない。そこで試したいのが、計画的に変化量を作り出すという発想である。
普段は質素な生活をすることでベースラインを下げておき、ここぞというときにお金をかけて贅沢をする。日常的に贅沢をしていると変化量を生み出すのが大変だが、質素な生活をしていれば、少しの贅沢でも大きな幸福感を得られる。
前述したように、日常の中にある幸福感は生活水準が高くても低くても変わらない。ならば、質素な生活を基本にし、特別な機会に変化を加える方が効率的に幸福感を高められるのである。
比較の幸福(L差分)— SNS時代の落とし穴

この図は、自分の環境水準と他者の環境水準を見比べることで生まれる幸福や不幸を示している。横軸を時間、縦軸を環境水準とし、他者の水準が自分より上なら「うらやましさ」や「焦り」を感じ、逆に下なら「優越感」や「安心」を覚える。
たとえば、Bothers1が自分より明らかに高い位置にあると、その差(∆B<0)が不幸感や劣等感の原因になる。一方で、Bothers2が自分より下の位置にある場合は、正の差(∆B>0)として幸福感や優越感につながる。
ここでのポイントは、自分の生活が直接変わっていないのに、他者との比較だけで感情が上下するということである。
SNSで華やかな投稿を見ると落ち込んだり、自分がちょっと上の環境だと安心したりする。こうした現象は日常的によく見られる。
他者より上に立つことで幸福を感じようとしても、上には上が存在するためきりがない。下の人を見下して喜ぶようになれば、人間性を損ねかねない。
【実践】比較の軸をコントロールする
「変化量」や「差分」にのみ頼って幸福を追い続けると、行き場のない競争や飽きのスパイラルにはまり込む。必要以上に水準の変動や他者との優劣に意識を囚われず、違った視点で幸せを見いだせるようになることが重要である。
結論: 数式が教えてくれること
数式に戻る。
\[H = H_{ordinary}(P, B_{self}) + K\Delta B_{self} + L(B_{self} – B_{others}) \]
| 数式の項 | 意味 | 実践 |
|---|---|---|
| Hordinary(P, Bself) | 日常の中にある幸福 | 「もしこれがなかったら」思考実験で、今あるものの価値に気づく |
| K∆Bself | 変化がもたらす幸福 | ベースラインを下げ、計画的に変化を取り入れる |
| L(Bself – Bothers) | 比較による幸福 | 比較の軸をコントロールし、他者との優劣に囚われない |
幸福感を高めるとは、結局「どの項を操作するかの選択」である。
変化量(K∆B)や比較(L差分)は一時的なブーストにはなるが、慣れや際限のない競争によって長続きしない。一方、日常の幸福(Hordinary)は環境水準にほぼ依存せず、自分の内面の在り方次第で安定的に得られる。
結論はこうである。日常の中の幸福をいかに見出していけるかが、最も重要だ。 人間の感情は複雑であり、常に実践できるかは別問題である。しかし、数式化してみたことで、幸福の構造にかなり納得感が得られた。

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