幸福感を数式化して、幸せになる方法を理論的に考えてみた

目次

はじめに

もし人生に目的があるとすれば、それは自分自身が幸福であること、だと思っています。

このように言うと、他者の幸福も重要だ!と言う声が聞こえてきそうですが、それも含めての自身の幸福だと考えています。ある人が不幸だと自分自身が幸福になれないからこそ、他者の幸福を願うのです。

ただ、幸福というのは漠然としていて、あまり論理的に考えられていないのではないでしょうか。
私は人間の幸福感は以下3つに分類できると考えています。

  • 日常の中にある幸福
  • 現状からの変化量による幸福
  • 他者との比較による幸福

この考えを基に幸福感を数式化することで、幸せになる方法を論理的に考えていきたいと思います。

まずは数式化してみる

幸福感を以下の数式で表現します。
(生活水準、健康状態、能力などその人を取り巻く環境の総称を環境水準という言葉で表現しました。)

\[H = H_{ordinary}(P, B_{self}) + K\Delta B_{self} + L(B_{self} – B_{others}) \]
H: 幸福感
Bself: 自分の環境水準(生活水準、健康状態、能力などその人を取り巻く環境の総称)
P: 個人の性格や価値観
Hordinary: 環境水準に変化のない日常で感じる幸福感
∆Bself: 環境水準の変化量
K: (比例定数)環境水準の変化量に対する感度
Bothers: 他者の環境水準
L: 他者の環境水準との差分に対する感度

この数式の意味ですが、分かりやすく書くと以下のような形になっています。

幸福感 = 日常の中にある幸福感(慣れた生活で得られる幸福) + 現状からの変化による幸福感(生活の向上や新しい経験から得られる幸福) + 他者との比較による幸福感(他人との優劣から得られる幸福)

日常の中にある幸福友人、家族との何気ない関わり合い
美味しいものを食べた
趣味の時間
現状からの変化量による幸福年収が大幅にアップした
今より良い家に引っ越した

普段は買わない高級品を買った
旅行で非日常的な経験をした
能力的にできることが増えた
他者との比較で得られる幸福クラスで1番の成績を取った
会社で同僚より良い評価をもらった
金持ちの夫と結婚し、友人より生活水準が高くなった


では次にそれぞれの項を詳しく見ていきたいと思います。

日常の中にある幸福

日常の中にある幸福とは、現状からの変化や他者との差分に依存しない、何気ない日常にある幸福です。

そして日常にある幸福は、基本的に「環境水準」に左右されないと私は考えています。
たとえば年収が500万円から1000万円へと上がれば、一時的には変化量による幸福感を覚えるかもしれません。
しかし、その収入に慣れてしまえば、日常で感じる幸せは以前と変わらなくなるはずです。

例えば、私はタイの山岳地帯で数ヶ月間暮らした経験があります。そこでは日本に比べてはるかに原始的な生活でしたが、意外にもすぐに慣れ、不自由さをあまり感じずに過ごせました。現地の人々も自分たちの暮らしに満足しており、とても幸せそうに見えました。
この人たちを見ていると、「生活水準が高い=幸福」というわけではないんだな、、ということを再認識させられました。

下の図は、この“環境水準”と“日常で感じる幸福感”の関係をイメージ化したものです。
例外として、貧困下では生活環境が改善されるほど、日常的な幸福感も高まると予想されます。
ところが、一定ラインを超えると、どれほど環境が良くなっても日常の幸福感は大きく伸びず、横ばいになります。
要するに、慣れによって“もっと良い環境”を当たり前のものと感じてしまうわけです。

では何が日常の幸福感を左右するのかというと、個人の性格や価値観、考え方(P)などが大きく影響していると考えます。
同じような環境にあっても、他人とばかり比較してしまう人は身近な幸せに気づきにくいかもしれません。
一方、ほんの些細なことにも喜びを見いだせる人は、どんな日常でも多くの幸せを感じられるでしょう。

結局のところ、日常にある幸福は、環境水準がある程度整ったあとには、むしろ自分の内面の在り方によって決まってくるのだと思います。

環境水準の変化量による幸福

この図は環境水準の変化によって、変化量による幸福感(K∆Bself)がどのように変化するかを図示したものです。

環境水準(Bself)が一時的に上昇すると、最初は強い幸福感が生まれるものの、やがて慣れによって日常に戻る様子を示しています。たとえば昇給や新居への引っ越しでは、しばらくはワクワクが続きますが、時間が経つとその特別感が薄れて“当たり前”になってしまうわけです。反対に、環境水準が急に下がると一時的に大きなストレスを感じますが、これもいずれ新しい状態に慣れていきます。

ポイントは、プラスでもマイナスでも、環境変化があるときには一時的な幸福や苦痛がピークになるものの、最終的には慣れによってそれが日常化してしまうことです。

他者との比較による幸福

この図は、自分の環境水準と他者の環境水準を見比べることで生まれる幸福や不幸を示しています。横軸を時間、縦軸を環境水準とし、他者の水準が自分より上なら「うらやましさ」や「焦り」を感じたり、逆に下なら「優越感」や「安心」を覚えたりするわけです。

たとえば、Bothers1が自分より明らかに高い位置にあると、その差(ΔB<0)が不幸感や劣等感の原因になりやすい。一方で、Bothers2が自分より下の位置にある場合は、正の差(ΔB>0)として幸福感や優越感につながる可能性があります。いずれも、自分の生活が直接変わっていないのに、他者との比較だけで感情が上下してしまうのがポイントです。

こうした現象は、SNSで華やかな投稿を見ると落ち込んだり、自分がちょっと上の環境だと安心したりする等、よく見られると思います。

幸福感を高めるには?

このモデルを基に、幸福になる方法を考えていきたいと思います。

変化量や他者との差分に固執しない

人間は変化や差分に敏感なため、環境水準が大きく変わったり、他者との比較で優越感を得たりすると、強く幸福(もしくは不幸)を感じやすいものです。しかし、この「変化量」や「他者との差分」に固執するのは危険だといえます。

たとえば、環境水準を上げるたびにしばらくは幸せを感じても、結局慣れてしまえば元に戻り、さらなる水準アップを求めてしまうことになります。際限なく環境を引き上げようとすれば、金銭的にも精神的にも破綻しかねません。また、他者より上に立つことで幸福を感じようとする場合も、上には上が存在するためきりがないですし、下の人を見下して喜ぶようになれば、人間性を損ねかねません。

結局、「変化量」や「差分」にのみ頼って幸福を追い続けると、行き場のない競争や飽きのスパイラルにはまり込んでしまいます。必要以上に水準の変動や他者との優劣に意識を囚われず、違った視点で幸せを見いだせるようになることが大切だと考えます。

日常の中にある幸福を見つけ出す

前述したように、変化量や差分に固執するのは危険なので、残る一つの幸福感(日常の中にある幸福)をいかに見つけ出せるかが、重要に思います。しかし、変化のない日常の中で幸せを見つけ出すのは、なかなかに難しいかもしれません。

そこでおすすめしたいのが、「もしこれがなかったら、その人がいなかったら、どう感じるか」を考える思考実験です。よく失って初めてありがたさに気がつく、と言いますが、失う前に思考実験をするのです。

どうでもいい物や人なら、それほど心は動かないかもしれません。一方、実際に失ったら悲しくなるほど大切な相手や物であれば、それが今ある事実こそが既に幸せと言えると思います。こうした「失う前の気づき」が、日常に潜むありがたさを引き出す助けになります。

変化量を計画的に取り入れる

変化量に固執するのは危険と言いましたが、全て排除してしまうのも勿体無いでしょう。
そこで、計画的に変化量を作り出すのが得策だと考えています。

具体的には、普段は質素な生活をすることでベースラインを下げておき、ここぞというときにお金をかけて贅沢をする。
日常的に贅沢をしていると変化量を生み出すのが大変ですが、質素な生活をしていれば、少しの贅沢でも大きな幸福感を得られます。

さらに、前述したように日常の中にある幸福感は、生活水準が高くても低くても変わらないので、質素な生活を基本にし、特別な機会に変化を加える方が効率的に幸福感を高められると言えるでしょう。

結論

ここまでの話を踏まえ、幸福感を高める私の結論は以下になります。

  • 変化量や他者との差分に固執せず、日常の中にある幸福に焦点を当てる
  • 普段は質素な生活を送り、変化を効率的に取り入れる
  • 他者との比較をコントロールする

幸福感を数式化してみたところ、かなり納得感のあるものになりました。
人間の感情は難しいので、実践できるかどうかはまた別問題ですが、やはり日常の中の幸福をいかに見出していけるかが重要だと思っています。

最後まで見ていただきありがとうございました!

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